インド仏跡地巡礼 NO.5 ( 祇園精舎 )

インド人のガイドに紹介された2泊目のホテルはニューデリー市内にあり、夕食はルームサービスでした。どんな食事だったかは19年前の事であり良く覚えていませんが、全く口に合わずほとんど食べれなくて腹ペコで寝た事だけは覚えています。シャワーの水は何とか出ましたので一日の汗は流せました。しかし、日本から持って行った石鹸の泡立ちが少なくてオカシイなぁと感じていました。後から振り返ると硬水に近い水質であり、泡立ちも少ないのは仕方がありません。夕食抜きは辛いがホテルマンを部屋に呼んで好みの料理を上手く注文する自信が無く、もしトラブルになると困ると思い諦める。買っておいたペットボトルの水だけを飲んで寝ることにしました。防災用の非常食をカバンに入れておくべきだったと後悔する。翌日の朝食は勇気を出して食べれるものをオーダーしようと考える。明日は8時にガイドが車で迎えに来るので、7時に目覚まし時計を合わせる。

朝起きて最初に、ホテルのフロントに行き朝食を英語でオーダーする。ナン・エッグ・ジュース・の3品を告げると意外にもOKの返事がある。やっと空腹から解放される。宿泊料金は幾らだったかハッキリとは覚えていませんが当時の円に換算して日本の10分の1位だったと思います。ちょうど円の為替レートも史上最高値を更新した時期だったので海外旅行に最適でした。食事をした後、忘れ物が無いか部屋を確認してからフロントで前金を引いた料金のみ支払う。

腕時計の針は8時をかなり過ぎている。もしかしてスッポカされるのではと心配になってきた。フロント係りの所に行き8時に約束していたと言っても、ノープロブレム( 心配無い)と言って取り合わない。30分以上過ぎた頃に、昨日乗せて貰った日本のスズキ自動車製の軽ワンボックスカーがホテルの前庭に到着した。ニコニコしながら車から降りて来て、ミスターウエダ、グッドモーニングと言って挨拶される。私も同じく英語で挨拶する。ホテル入口にあったテーブルの上に北インドの地図を広げて行先をお互いに確認する。

最初の目的地はコーサラ国の首都シュラーバスティ(舎衛城)の近くに有った祇園精舎跡に行く事にしました。平家物語の冒頭に唄われる場所です。「 祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす、奢れる者は久しからず、ただ春の夜の夢の如し。」と琵琶法師が平家の凋落を唱っています。羽振りが良くて我が世の春を謳歌しても泡沫(うたかた)の夢に過ぎないと言う意味です。

祇園精舎のあるサヘート・マヘートへはかなり距離があり一日で辿り着けるか心配になる。ガイドは例の調子でノープロブレムと言っている。7月と言えばインドでは一年で最も暑い季節とはその時知らなかった。ブーンブーンと言う軽自動車特有のエンジン音が聞こえる。意外に道は広いがニューデリー市内を出ると道路は舗装しておらず凸凹道でした。お天気も良く気温がぐんぐん上昇して来ました。かれこれ2時間位は走りましたが道路標識は少なく信号は全くありません。スピードは60Km位、一般道路を一度も止まらずにノンストップで走りっぱなしです。日本では考えられません。トイレと言う事でやっと車を停めました。

ガイドの名前はヨーゲシ・アローラと教えて貰い、ミスターヨーゲシ と呼ぶ事にしました。シャクシ、ヘマ、と言う名前のお嬢さんが2人いる事を後で知る。小生も上がドーターで下がソンで2人いると教えてあげる。道路の両側は一面農地で時々家が数軒並んで道路に面して建っている。特に驚いたのは、集落の真ん中付近に道を横切った障害物をこしらえて有る事です。コンクリート製の高さ約30cmの半円形の障害物です。道路を全て横切っておりスピードを緩めずに走るとトンデモ無い単独事故を起こします。必ずスピードを落として徐行しなければなりません。日本の黄色信号がインドではコンクリート製の高さ約30cmの障害物で有るとは夢にも思いませんでした。Mr.Yogeshに聞くと過去に村人が車に轢かれて死亡した事があるので、スピードは絶対に出せない様にしたと言っていました。別の集落に来た時、大きなトラックが横倒しになっています。聞いてみると、コンクリート製の障害物にそのままのスピードで通過してひっくり返ったとの事でした。途中食べ物を売っているお店を見つけ昼食の休憩をしました。サヘート・マヘートへはまだ半分位あります。30分位の休憩で出発しました。

仏跡地の中に入っているサンカーシャ(仏陀は忉利天に昇って亡き母の為に説法し三道宝階から地上に降下した場所)は別のルートで行けますが今回は最初に祇園精舎へ行く事にしました。現地時間で午後3時頃に樹々のある森が見えて来ました。中ほどに0.5~1m位の煉瓦を積み上げただけの塀の様なものが見えて来ました。建物は何も無く煉瓦の遺跡だけが有りました。ここが二千五百年前は七堂伽藍が建ち並び大勢の修行僧たちが、仏陀の説法を聴いて修行した場所であったかと思い感慨深いものがこみ上げて来ました。2500年も月日が経てば残るのは土と煉瓦の遺跡だけです。改めてこの世の変遷と無常を感じます。人間はせいぜい100年位しか生きられません。

人間としてこの世に生を受け如何に生きるか?

お釈迦様から直接お聴きしたかった。

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この記事へのコメント

ヤシャス
2014年07月12日 17:37
熟年さんは転生というものを信じておられるでしょうか。
もしかしたら、あなたは過去生で直接ブッダにお会いしたかもしれないではありませんか。だから現世で郷愁の念があるのかもしれません。
華の熟年
2014年07月12日 20:46
ヤシャスさん こんにちは。

もちろん輪廻転生は有ると思っています。ただ、前世の記憶が無いので実感出来ませんが、色々な書籍を読んで行くに従い前世の記憶を持って語る人が大勢いるのは確かです。私は科学的な思考もしており、客観的に証明出来ない事は鵜呑みにしたりはしません。

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