インド仏跡地巡礼NO.9 ( 仏陀の入滅地、クシナガラ )

釈迦誕生の石仏がある祠堂の近くに、マーヤー妃が沐浴した池の周りを散策してから次の目的地であるクシナガラへ向いました。今日は時間も余り無いので途中の道沿いにホテルがあれば泊まろうとガイドと話し合いました。2泊目はクシナガラの近くで昨夜と良く似たホテルだったと思います。砂ぼこりと暑さで私はかなり疲れています。ガイドは元気そうです。

翌日は涼しい早朝に出発する事にしました。インドの7月は1番暑い季節で物凄い暑さです。日中は40度を越えておりその暑さは想像を遥かに超えております。私の左手の腕は太陽の熱線で赤く腫れており火傷を負っています。車から腕を出していた結果です。3月8日に投稿したガンジス川での沐浴の写真を拡大して見て頂ければ分かります。左腕は真っ赤っ赤っ。

3日目は仏陀の入滅地に向いまし た。7時頃の早く出発する。車で移動中に頭上に農作物を入れた竹籠を乗せ、サリーを着た女性が歩いているのを時々見かけます。インド女性の着るサリーは、1枚( 巾1m × 長さ8m位 ) の長い布地です。これを身体に巻いており、伝統的な民俗衣装で優雅な美しさがあります。私の娘のお土産に1枚買いました。男性の服装はドーティと言う名前で、白い木綿の1枚布を腰の所に巻きつけて着ます。どちらも風通しが良くて涼しそうです。

早朝にホテルを出発したので、早い時間に白いドーム型の涅槃堂に到着しました。入口で浄衣を着て数珠を手に持ち中に入りました。照明は無く天窓の明かり取りだけです。数人の修行僧がいました。

写真を見て貰えば分かる様に巨大な涅槃像です。頭を北向きに右側を下にし両足を揃えて横になっているお姿です。サドゥー( 修行僧 )が着る黄色い衣を掛けてあります。出家してサドゥーになればインドでは、法律上は死者として見なされ自身の葬儀を行う人もいます。日本の密教でも加行や得度し灌頂 ( 白装束をし目隠しで曼荼羅の上に花を投げて御本尊を決める ) を受けて正式な僧侶になれば建前上は1度死んだ事になります。

涅槃像のそばにいる人は南伝仏教のミャンマーの修行僧らしい。挨拶をしてから在家勤行次第のお経を唱えさせて頂きました。途中から涙がポロポロと流れて来て声に成りませんでした。( この時の感激は言葉では表せません ) 写真はインド人のガイドに撮ってもらう。

お祈りが終わり修行僧にお礼を言って涅槃堂を後にしました。クシナガラには、タイやミャンマーの仏教国が建てた寺院があります。

次の目的地であるブッダガヤー ( 釈迦の成道地 ) に向いました。

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