科学と宗教の融合について

自分とは? この世はどうなっているのか? 死んだらどうなるのか? そして人はいかに生きるべきか? この人類共通の根源的な疑問の解答を得るには、科学と宗教を合わせる必要があると思います。人は何のために生まれて来たのか、生きる意味とは何か、と言ったような各人の魂の問いかけです。

科学は、前世からの繋がりや来世に向かってこの世で何を為すべきかに付いては何も答えてくれません。ただ、現世( この世の中 )を詳しく解明しようとして居ます。まず足元を詳しく調べてその延長線上に前世や来世が垣間見えてきます。科学的に証明出来るに越した事はありません。

科学者は輪廻転生などを言えば職を失います。但し、超一流の科学者は両方理解しています。反対に偉大な宗教家もまた両方理解し実践しています。例えば空海は真言宗の開祖で、土木工学、医療行為、などの科学知識も豊富でした。ニュートンは近代物理学の大御所ですが、神学者で錬金術にも熱心でした。お釈迦様は、苦行だけでは悟りは得られないと、中道を説き極端な方に偏よる事を戒めました。両方理解しないと見えて来ない事があります。

役行者やチベットの高僧は、座禅を行って瞑想状態に入り意識を拡大して体外離脱し目的地へ飛んで行ったと言われています。正しく修行を積んだ人は出来る様です。一般の人でも臨死体験中に起こる事とほぼ同じです。ただし、宗教体験で魔境に入る事も有るのでその怖さを知る事も大切だと思います。

科学は真理の探究で、具体的な再現性のある実証性に重点を置いています。科学的な発明や発見が発表されれば、それが正しいかどうかを大勢の科学者は検証し追加の実験や観測をして証明します。ほぼ99%誰がしても同じ結果となれば、認知されます。この様に厳密な他者の目に晒されている厳しい世界です。しかし、科学的に唯物論だけで全てを証明するのは難しいです。

優れた科学者は、研究を進めて行くに従い自然界の奥の深さと精妙さに畏敬の念を持つと言われており、人智を超えた神の領域に足を踏み入れる。

私は、科学と宗教の両方から冷徹に考えています。脳による思考について科学的な研究が進んでいますが、非常に大きな壁が有ります。意識の発露は何処から来るのか?と言う根源的な問いです。ニューロン細胞や電気化学的パルスの伝達で証明しようとしても無理があります。量子的に脳活動を考慮すれば解かると思います。

心の有り様で身体の状態が変化していく。スポーツ選手の活躍、病気の治癒、願望を持ち続けるといずれ実現する。これらは心に潜む偉大な力が表に現れて来たと考えられる。心の変化により脳の神経細胞も徐々に変化する事も知られている。従って、心 ( 霊魂 ) は脳よりも上位に位置し(( 卵が先か鶏が先かと言う話と比較すると )) 明らかに脳の神経細胞から自立した物と理解できる。

脳が意識を創ったのでは無く、意識は前世の過去から連綿と繋がっており、宇宙全体の森羅万象とも繋がっている。量子論に照らし合わせても整合性が取れる。スピン1対の素粒子で片方を宇宙の遠くへ置いた場合、手元のスピンの向きを変えれば、瞬間に数億光年離れていても相方のスピンは変わる。思考により宇宙の彼方を考えれば、意識は宇宙の彼方に飛んでいる。

そして、量子脳的な考え方の導入は異次元の入口であり、宗教の言葉で言えば霊界です。これが科学と宗教の接点と考えられます。

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この記事へのコメント

2014年04月13日 02:39
科学と宗教の間の線引きは簡単なようで難しい。宗教は人間の理想とする夢物語を語っている場合が多いようにも思う。そんな世界があれば良いのにと。科学の事実が検証され積み上げられることにより、宗教の世界は僅かずつではあるが狭められていく。これは致し方のないことである。ただし、それでも多くの人が宗教を受け入れる。

科学も宗教も人間の英知を形に表したものである。その根本は人間の論理的な想像力・哲学にあるのかもしれない。哲学という同じ土壌の上に科学と宗教が育ってきたとすると、これは物質世界と精神世界の切り分けである。理解しやすくなる。

だが、人間は論理的であるようで論理だけでは割り切れない生き物である。そこに科学と宗教の混沌が始まる。怪しい宗教はこれをうまく利用する。

私は宗教という言葉はあまり好きではない。信仰という言葉に照らすことにしている。
2014年04月13日 16:02
コメント有難うございます。

☆☆ 物質世界と精神世界の切り分けである。理解しやすくなる。☆☆

おっしゃる通りだと思います。別々に考えた方がはるかに理解し易く成ります。科学者は事実の積み上げにより理論や実験・観測で検証して行きます。一方、哲学者や宗教家は思考や修行により理論や教義を構築して行きます。

両者の出発点 ( スタート地点 )は全く異なります。しかし、私は最終の到達地点は同じだと考えています。結論を先に言えば、人間の理想とする高い山の頂上には、ガリレオ・アインシュタイン・伏羲・釈尊・キリスト・ソクラテス・等の人類幸福の実現に大きな貢献をした偉人や聖人が、仲良く鎮座していると思っています。

宗教をブログに持ち出すのは、リスクが非常に高くアクセス数も増えないでしょう。しかし'' 虎穴に入らずんば虎子を得ず '' と言う諺もあり安全運転をしても結果的に悔いが残るので、この調子で行く予定です。(^_^;;

2014年04月19日 09:31
さとし君さん、気持玉へたくさんのクリック
有難うございます。

科学と宗教の融合は小生にとって最重要テーマです。30年以上前から考え続けており、哲学・宗教・宇宙論・量子力学・等々を重ね合わせて、解答を導き出そうとしています。両者は全く異質な物では無くその類似性に着目しています。第三者から見ると無謀な試みと言われそうです。

科学については、量子の二重性や量子飛翔の不可思議な振る舞いの基礎知識や相対性理論及び不確定性原理の基礎知識等についても知っておく必要ありです。

宗教については、過去の偉大な聖人の言葉や思想を知り、修行して到達した肉体や精神の状態を理解する必要ありです。

瞑想して自己を見つめるのも、天体望遠鏡で宇宙の彼方を見つめるのも、同じだと言う結論に成りました。(^_^)

この世は如何に出来ているのか???
この解答を知れば、如何に生きるかの
答えは出てきます。




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