『 心 』と『 脳 』について考える。

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人間の脳の図解( ネットから借用 )
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哲学及び数学者のデカルトの有名な言葉に『 我思う、ゆえに我あり 』があります。古代から現在まで古今東西の宗教家や哲学者が追い求めている『 心 』は究極の疑問です。この世に於ける存在意義と、何処から来て何処へ行くのか?を知れば、如何に生きるべきかを知る事が出来ます。そして『 私 』と言う自己の生死についても納得できる回答も得られると思います。

思考や記憶はもちろん脳で行っていますが、自由意思の発露は何処から来るのか?を知りたいと常々思っています。外界を認識する時には感覚器官から送られて来る情報を脳細胞で分担処理して認知しますね。しかし、この捉えどころの無い『 心 』を人類は未だ正確に解明していません。

一方、心を扱う時は細心の注意を払う必要があります。脳神経学や量子力学の物理法則に合っている事が重要で、架空の想像したイマジネーションだけでは何の根拠もありません。瞑想中における意識の変化や幻影の視覚化も同様に科学的な立証が必要と言えます。証明に当たり飛躍が無く論理的に矛盾して居ない事が必要です。心の問題は宗教的な思想と科学的検証の両者を合わせた方法で解明する必要有りだと考えられます。

人は自分の顔を直接見る事は出来ません。鏡に映る顔を間接的に『 鏡像 』として見ます。心の解明は自分自身の事であり自ら証明できるか?と言う疑問も湧いてきます。特に量子論では観測者の介入で測定対象が変化したり一つに収斂する事が知られており、確率でしか表せないかも知れません。特に宗教的なアプローチだけでは論理の飛躍が有り確実な証明には成りません。安易な論理展開になり易く先ずは物理法則の基本をしっかりと理解した上で、そのギャップを科学的に埋めて一貫した順序で証明出来れば良いと考えられます。

コンピュータの性能アップと画像診断装置の進歩で脳活動が詳しく解明されつつ有ります。脳神経科学は画像診断できる様になって飛躍的に向上しました。脳分布図も出来て該当する部位の機能が解明しつつあり、病気との因果関係も明らかになって来ましたね。精神分析学と脳細胞の生物学との融合が成し遂げられつつあります。

脳の画像診断でPET( 陽電子放出断層撮影法 )と言うのは、この世の物質世界に通常は存在し無い反物質を使う新しいテクノロジーで、脳活動時のエネルギーの流れを測定できます。更にMRI( 核磁気共鳴画像法 )も生体の脳の写真を撮る事が出来る様になりました。これらは大きな病院にはあります。それぞれ脳の血流と思考を関連付けて『 心 』を見つけようと言う試みです。心は科学で扱えるか?と言う疑問の解明に取り組んでいます。

身体の不自由な患者が脳に電極を挿入して、思考だけで車椅子を動かしたりロボットアームでコーヒーを飲んだり出来る様になりました。コンピュータを媒介して脳と身体の動きを関連付ける研究は急速に進んでいます。

脳には左右の2つがあり、左脳は論理的な思考で言語を扱い、右脳は全体的なパターン認識で音楽脳とも言われています。両者は互いに補関し合っているが別個の意識を持ち、2つの心に分離していると言う研究報告もあります。つまり、2つの心が葛藤しながら物事を処理し、更に睡眠中に出て来る末那識( 潜在意識 )も影の主役として控えています。

人間の脳内のニューロンの数は約1000億個ありニューロン同士のネットワークだけで情報処理して、記憶・思考・未来の予測・『 森羅万象を意識する変幻自在な心 』と言う無限に近い情報を処理するのは難しいと考えられます。

更に、リバースエンジニアリングにて、ニューロン細胞を全てLSIのマイクロチップに置き換えたロボットを作っても、人間の様な自由意志を持つ事はコンピュータの原理から言っても難しいと思います。

人体も一つの小宇宙でありこの世の森羅万象を具現していると言う宗教的な解釈もあり、小さい脳から意識が生まれてこの世を認識するのは困難だと言う話になります。従って『 脳 』は量子論的な装置であり、電磁気学・不確定性原理・カオス理論も考慮しないと解明は難しく、『 心 』と言う不可思議なものを捕まえるのは容易ではありません。

脳から心が生まれたと言う見解と、脳が心( 意識 )を創ったのでは無く意識は前世の過去から連綿と繋がっており宇宙全体の森羅万象とも繋がっていると言う、2つの主張があります。

小生は、人間の意識や思考は脳が生み出したのでは無く、心は脳と相互作用するが自立しているとの考えです。心脳問題については以前にもブログで少し書いた事があります。更に掘り下げて考察する予定です。

☆☆☆ 次回に続きます ☆☆☆

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この記事へのコメント

2015年03月19日 09:59
こんにちは

「こころ」は確かに存在する
これが動かしがたい事実ならば
探究する意義があることですね
2015年03月19日 21:43
無門さんへ コメント有難うございます。

心と脳の関係を探究するのは、
大変面白いと思います。
2015年03月20日 01:50
いろいろと考えるのは頭脳です。でも何かものすごくショックなことがある時には、ちょうど体の中心部分がキューンとします。これが魂の中心部分だと思っています。ただ魂は見えないから、科学者たちは認めたくないようですが、今世紀は魂と科学の一体化の方角へ向かうことでしょう。魂の存在を認めない限り先に進めないところまで科学は来ているようですよ。
2015年03月20日 10:15
araraさんへ コメント有難うございます。

おっしゃる様に今世紀中に心と科学の一体化が成し遂げられるかも知れません。『 心 』が科学で証明されると言う意味です。科学は理論を提唱して、実験や観測データを集めて検証して論理的に説明します。そして矛盾無く証明出来れば良いと考えられます。

科学者は学問として理論や観測・実験で、幅広い知識と高度な頭脳で日々仕事をしており、曖昧な再現性の無い事は認めていません。STAP細胞の件でも科学者は相互の検証で論文通りに万能細胞が出来なかったので、当事者は取下げを余儀なくされています。

魂の存在を認めるか?認めないか?と言う話では無く、認める為の根拠を科学的に立証出来るかどうか?と言うことになります。最初から断定して決めつけてしまうと、色々な宗教的な問題が絡んで複雑になり、自分の信じている『 神様 』が一番偉いと言う話になり、昨今の中東情勢やテロの出現に繋がると思います。『 心 』を証明して行き先もキチンと分かれば、世界はもっと平和になると考えられます。
2015年03月22日 16:41
自分でもコントロール出来ないのが、
自分自身の心の働きですね。
高所恐怖症の人に、それはこれこれ
こういう理由でと言ってみたところで、
怖いものはやっぱり怖い。
私はそんな心の働きを、その人の立場から
言葉で捉える事に関心があります。
2015年03月22日 19:00
yasuhikoさんへ コメント有難うございます。

おっしゃる様に心をコントロールする事は難しいですね。その人の立場でお話しする事は大切だと思います。心は理知的に捉えるより感覚的な情緒で捉える方が安心感もあり良いでしょうね。

今回のテーマは『 心 』と『 脳 』の関係性と言う非常に難解で、心を科学的に説明出来るかどうかと言う様なトンデモナイ事を提言しています。無謀な話だと十分に理解しています。
2015年03月25日 11:00
BS1のテレビ番組で、24~26日の3夜連続で立花隆氏の解説で死ぬとき心はどうなるのか?『 臨死体験 』について科学者や体験者から聴き取りした話をしています。

偶然にも今回のブログで提言した内容と同じテーマで驚いています。これをシンクロニシティーと言うことでしょうね。
2015年03月30日 21:25
3夜連続で放送された立花隆氏の『 死ぬとき心はどうなるのか? 』についての番組を全て視聴しました。約20年前に発刊された『 臨死体験 』の書籍と内容的にほぼ同じで、新しい脳の臨床科学的なインタビューが追加で含まれていました。少し期待外れの感があり、物理法則や瞑想からのアプローチが無かったのは残念です。評論家の視点で解説されていました。