インド仏跡地巡礼NO.12 (ブッダガヤ 仏陀の成道地)

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苦行釈迦像

ガンダーラ出土品








ベナレスのホテルを出発し、仏陀の成道地であるブッダガヤに向かいました。道路は舗装されておらず信号はほとんど無くノンストップで思ったより目的地に早く着きました。大塔を仰ぎ見ながら金剛宝座を見学しました。

お釈迦様は出家して6年間苦行を積んだと言われています。減食・絶食等の厳しい修行を行ない写真の様な骨と皮だけの姿になりました。しかし、いくら激しい修行を行っても悟りは得られなかった。心身を極度に消耗するのみで、人生の苦を根本的に解決することはできないと悟って難行苦行を捨て、不苦不楽の中道を行く決意をする。そしてネーランジャラー河で沐浴して身体を清めバミアンの樹の下に座る。

その時スジャータと言う村娘が乳粥を捧げ物として持って来ました。お釈迦様はこの乳粥をゆっくりと喉に通し身体を回復させる。そして川を渡り菩提樹のもとに静かに座り瞑想に入る。悟りを開くという目的を達するまでは決してこの場を立つ事は無いと言う断固たる決意を下し、足を結跏趺坐に組み金剛の様に揺るぎない禅定に入りました。

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金剛宝座











遥か地獄の彼方に居た魔王は、その事を知って驚き真理の道を完成させるのを妨害する為、煩悩と言う軍勢を差し向ける。まず三人の娘、タンハー(渇愛)・ラーガ(快楽)・アラティ(嫌悪)と言う絶世の美女を地上に走らせて誘惑を始めた。しかし、自慢の娘達は一撃の元に退けられる。

更に魔王は、全軍を率いて激しく襲いかかった。岩の雨、刃の雨、泥の雨、火の雨が降り、幻術、魔術、妖術から生まれた正視に耐えない醜い化け物が続々と現れて襲いかかった。最後には、魂を惑乱の闇に閉じ込める大暗黒が巻き起こり地上を微塵に粉砕するかの様な魔王の軍勢でした。

第1の軍勢は欲望、第2は嫌悪、第3は飢渇、第4は妄執、第5は怠惰と睡魔、第6は恐怖、第7は疑惑、第8は虚勢と強情、第9は利欲・名誉欲・驕慢。

お釈迦様はどれほど激しく脅され攻め立てられても、魔王の軍勢は実態が無い事を完璧に見抜いていました。心はさざ波一つ立てず勝利しました。そして魔王は退散する。

瞑想を更に深くして、全宇宙におけるあらゆる生き物の過去の生涯が見えてきた。生きては死に、死んでは生きてただ車輪の様に繰り返しているだけで、どの生涯にも永遠の実態など無いことを悟る。絶対普遍のものは無く無数の原因や理由によって結果が成立している。

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釈迦如来像

インドで購入する。

左側の高さ、35cm











十二縁起の理法を解明する。

① 無明 ☆ 真理を知らず迷いの中にいる
② 行 ☆ 身、口、意、の三行によって悪行をなすこと
③ 識 ☆ 六識(眼、耳、鼻、舌、身、意)を表す
④ 名色 ☆ 識の対象としての六境(色、声、香、味、触、法)
⑤ 六処 ☆ 六根を指し、感覚・知覚の能力
⑥ 触 ☆ 六根、六境、六識、を複合した認識条件を指す
⑦ 受 ☆ 心の感受作用
⑧ 愛 ☆ 激しい欲望を表し、愛欲や執着の事
⑨ 取 ☆ 欲取、見取、戒禁取、我語取の四取るを指す
⑩ 有 ☆ 愛から取が生じ結果として有るが生じる
11 生 ☆ 渇愛に基づく生は苦に満ちている
12 老死 ☆ 老いと死を迎えることは苦そのものである

以上の原因によって苦と言う結果を生じ、人は輪廻から逃れることは出来ないとする。目の前に見える限られた物に執着することの無意味さを徹底的に証明する。

最高の道を悟り、ゆるがず壊れない解脱を果たし、もう苦しみのこの世に生まれる事は決してない。現世で初めて正覚を得て悟りを達成した者となり、仏陀(ブッダ)と呼ばれる。菩提樹の有ったガヤー村は、仏陀の悟った場所という意味の、ブッダガヤと呼ばれるようになりました。

悟りの内容を世間の人々に語り伝えるべきかどうかを考えた。この悟りの内容を説いても世間の人々は悟りの境地を知ることはできないだろうとの結論に至った。ところが梵天が現れ、衆生に説くよう繰り返し強く請われた(梵天勧請)。自らの悟りへの確信を求めるためにも、ともに苦行をしていた5人の仲間に説こうとベナレスへ行き、初めて五比丘にその方法論、四諦八正道を実践的に説きました。

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この記事へのコメント

2014年05月17日 22:00
華の熟年さん~こんばんわ。
いつもお不動様にご真言を唱えさせていただいても、魔というものの具体例は知りませんでした。凄く濃く魔をご説明されてます。また、般若心経の訳を読んでも、「空」という概念をたくさん本を出されてきましたお方の訳も私はいまいちわからなかったのです。
>絶対普遍のものは無く無数の原因や理由によって結果が成立している。
この文章の前の部分も含めまして、「空」をイメージできますね。昨日までよりもずっと自分の胸に入りこみましたね。
HPがなにがしかの事故で消してしまいましたことを、実は残念に思ってましたが、どんなことでもインド巡礼の記事はありがたいです。
インドの釈迦如来像は東大寺の大仏さんと同じ印を結ばれてますね。インドとお釈迦様が近く感じます。

華の熟年
2014年05月18日 11:28
さとし君 さん こんにちは。

コメント有難うございます。お不動様の真言は '' なうまくさんまんだ ばざら だんせんだまかろしやだ そわたや うんたらた かんまん '' でサンスクリット語をそのまま音読みしていますね。お経を暗唱で覚えるのは難しく何度も繰り返して、音楽のメロディーとして右脳に入れる方が良いと思っています。

チベットの死者の書( バルド・トドゥル )にも、お釈迦様の降魔成道の時と同様に'' 魔王 '' がたくさん出て来ます。死と再生の場面で迷っている魂が煩悩の化身と闘います。現れる醜い化け物は全て、自分の心が創り出した幻影であると言っています。実態のない'' 空 ''なる心と生命の光り輝く光明との出合いを何度も繰り返して述べられています。

約18年前のHPのデータや写真はほとんど失いました。残念です。
仏像には、印相と呼ばれる手の形・持物と呼ばれる持ち物、身体に着ている衣など個性があり表情も豊かですね。
2014年05月18日 19:02
こんにちは

全ての誘惑どころか
たった一つ誘惑でも
悪乗りしてしまうので
このまま行こうと悟っています
華の熟年
2014年05月18日 19:46
無門さん こんにちは。

コメント有難うございます。絶世の美女で
あれば特に誘惑を退けるのは難しいです。
お釈迦様は全てに打ち勝っており、とても
真似は出来ません。



2014年05月19日 10:21
華の熟年さん 初めてコメントさせていただきます。
あきさんと申します。
私は林住期もすぎて、遊行期に入ってしまった老いぼれです。
宗教や哲学のことは全く分りませんが、苦行釈迦像の写真を見て思い出すことがありました。
故・遠藤周作氏の末期の小説に、主人公が苦しみながら辿り着いたベナレスの川の近くの薄暗い洞窟の奥で、この像に出会う場面がでてきます。
もう15年ほど前だったでしょうか。クリスチャンだった遠藤周作氏も、キリスト教に対する疑問や自分の中からとめどなく湧き出て来る煩悩に苦しんでいたのではないか、と思いました。
物事を深く考えることが出来る人は、物事の深いところへ到達することが出来るのですね。
つまらないコメントで失礼しました。

華の熟年
2014年05月19日 22:27
あきさん コメント有難うございます。

ブログの表紙は林住期の生き方と書いてありますが、その生き方を模索し迷っている段階です。遊行期へはまだまだ修行が足りないと思っています。あきさんのブログは読ませて頂いております。政治状況についての鋭い批評とその指摘には感服しています。

遠藤周作氏・狐狸庵山人(こりあんさんじん)作品の '' 深い河 '' と言う小説だと思います。私がインド仏跡地巡礼へ行く前にその映画を観ました。秋吉久美子と奥田瑛二が俳優で出演していましたね。おっしゃる様にキリスト教徒で有りながら、人生の迷路に入り込み、インドのベナレスに行ってその解決策を仏陀の教えに求めたと思われます。仏陀の教えは、人間の煩悩を少なくしていき、愛と慈悲を大切にする事だと思っています。

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